タロットしょうこ=鷹嘴(タカハシ)しょうこです。

前回の「占い」のお話は いかがでしたでしょうか。

http://tarot-shoko.com/what-is-a-fortune-telling%EF%BC%9F/

今回は続きになります。「占い師」の質について。

 

さて、

もともと神聖な行いとしての「占い」がいつしか人々の中で

神聖さを失っていくことになりますが、私は占いの復権というと大袈裟ですが

人の持つ神聖な行いとしての「占い」をもういちどカムバックさせたいな・・という思いがあります。

 

そんなことで、

今日は「祭り」と「占い」を切り口に、「占い師」の質・・・ということを考えてみました。

 

誤解のないようにお断りしておきますが、

「質」とは 占い師の「技量」のことを言いたいのではありません。

」に・・、寧ろ私は、占いをする人間に求められている資質というか、

意識の持ち方についての意味をもたせて使いたいと思います。

私の個人的な意見と思っていただいて結構です。

 

前置きはこれくらいにしまして、

さて、前回の続きです。

 

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太古より天意や神意を推し量る方法としてあった「占い」ですが

占いに対して いい印象をもたれていない方が 多くなった背景には 二つの点があるように感じます。

 

一つ目は、前回書いたように人生の順風の時というより、

どちらかというと、逆風の時に必要を感じる方が多い点。

二つ目は、占い師の質です。

 

まず逆風の時に出会うということについて・・・・

これは どちらかというと、心理的に弱っている時に受けることになることと、

どうしても

タロットやカードのレイアウトは、心の深くを見ることになりますので

性格的に負けず嫌いの人はたまらないかも・・・です。(^0^;)

弱みを見せるのが嫌いな方も・・・です。

 

心理的に弱っているという点について・・・は

歴史をみてみますと、タロットの場合、フランス革命前後の不安定な社会情勢を背景に流行したこともあり

ある種 人心の不安が大きくなった社会情勢をベースにして 発展した面があることがわかります。

 

不安を商売にして・・・と思う方が 確かに いらっしゃるのだと思いますが

元をただせば、前にも後ろにも進めなくなって、人は天を仰いでいる時に必要があって占うのです。だから

本来は人の役に立つものとしてあったはずです。

 

日本でも中世から近世は、神社の祭礼で 巫女が「賭占い」をしたこともあったらしく

すでに、当たる当たらないの「当てもの」としての娯楽になっていた面があったようです。

 

それは、ある意味

時代的に、どうしても仕方の無い、または必要なことだった面もあったのではないかと思います。

なぜなら 近世までの人々の暮らしは非常に厳しかったでしょうから

例えば、特に農民は 長男以外は 労働力としての存在価値しかないとみなされ、

結婚も家族を持つことも許されず 働きづめで死んでいったわけです。

 

その労働だけの日々、一年に一度の祭りや盆踊りが たった一つの喜びと解放の日で、、

祭りの意義も今とは大きくちがっていただろうと思います。

 

秋田の西馬内など各地に 顔を隠す盆踊りが残っていますが 必要だったはずです。

奄美の歌掛けや、成田近辺の歌垣などもまた、

当時の祭りの 大らかさとの面というよりは、その陰にある生活の厳しさを思いますし、

だからこそ、祭りや、歌垣や盆踊りが 人々の停滞したエネルギーを解放するために必要で

命の解放エネルギーの再誕生の重要な意味があっただろうと思います。

寺銭稼ぎに360日がんばって、一年に一度のお伊勢参りへ行った人々と、裏の意味では同じだったことでしょう。

 

自然界の命が冬を越し また芽吹く春を迎えるように、

神遊びされる神々にも、人間にも、自然サイクルに添って、一旦リセットし

命の蘇りを迎えることは 何より重要なことで

生まれ変わり 常若となったことでしょう。命を生かすことが必要でした。

 

「祭り」の意義が、当時の 閉ざされた村の 労働力確保のためという理由の他にも

私には、命を燃やす、命の蘇りの意義のほうが重要だったのではないかと思っています。

 

そんな長い庶民の厳しい生活にあって、巫女の祭礼での賭占も、

当時の人々の暮らしを思えば

娯楽を求めたでしょうし ある意味必要だったことと思います。

 

それだけ中世近世の生活の苦労が深かったから、「未来」のことではなく「今」にしか目は向かなかったでしょうし、

「今」この瞬間の娯楽が必要だったのではないでしょうか。

 

人は苦しければ苦しいほど、

遠い未来を思い描けませんし、たった今、刹那の喜びで自分を慰めようとします。

それは、人間だれしも同じであろうと思っています。

 

農民に限らず 中世の唱導僧のように、村々を回り 語りもの芸をした僧たちが

我知らず 人々のカタルシスを引き起こすことで 感情浄化を助けたように、

感情を含めた 体に溜まった停滞エネルギーを解放することは 人の活力を復活さえますし、生きる上で非常に重要です。

 

巫女も唱導僧も その時代、宗教と生活との乖離が無く、密接であり 生活と分け隔てなかったということでしょうか。

 

全ての物事は本質を離れ 拡散発展することを考えれば

神聖であった占いに限らずとも、変化は時代とともにあります。良い悪いではないはずです。

 

かたや現代。

この占いに求められているものに、刹那的娯楽を求める人は もう、いないのではないでしょうか。

そういう意味では「祭り」の意味が変わったのと同じで 「占い」の意味も変わってきたように感じます。

今、私たちにとって、

占いで、当たる、当たらないはあまり意味がないはずです。

 

実は、私でさえ「占い」という言葉に

自分のやっているカードリーディングと 大きくかけ離れているように感じて

正直 違和感を感じる時があるのです。

 

少なくとも、クリスタルアライカードリーディング

むしろ「当たる」「当たらない」というより

今きている「流れ」を読むことの方が重要ですから、 人生の流れを大局的に眺められることに意義があり、

気づき、眺めることで 必要なことが超スピードで起こるため、むしろ変容の道具のような機能の方が、

より今の時代的だろうと感じています。

 

タロットでも同じです。古い歴史のあるカードではありますが、

自分の本心と対峙することにこそ 意味があるように感じます。

 

そういえば、今、私は「無料メール鑑定」をさせていただいておりますが

クライエント様によって 私のリーディング結果への反応がいろいろです。

いろいろな方がいらっしゃいます。当然、良い感じを持たれない方もおいでです。

 

むっとされたエネルギーを受け取ることもあります(^0^;)

会ったことの無い方のリーディングとは この難しさがありますね。やってみてわかることって大きいです。

同業の方も多いです。

わかっていても させていただきますが、感想を送っていただけないこともあります。

けれど、このような経験が 私に必要なことのような気がしております

 

私は 人間に全幅の信頼を寄せています。 

全ての方は、出た結果を 「自分の内側から出たもの」であると受け取ってくださるだろうという

手前勝手な信頼をもっています。

 

実際、クライエントから出たレイアウトなのですが。

カードに出た以上は 内容を 平らかに真摯に お伝えします。

あとは、先入観をもたれず、それを受け取るか受け取らないかだけなのです。

ご自分で 分析せれて 活用していただけると信じているからお伝えしますが・・・

人によっては 言われたくないことを言われたように 受け取ってしまう方もいらっしゃるようです。

結局、こちらの伝え方の未熟さでしょう。

そう受け取ることが 悪いわけでもありません。

それぞれの方の経験によって 受け取り方は変わって当然ですし、それはそれぞれの問題です。

経験することが大事です。私を含めすべての人が。

 

顔を見てするセッションでないからこそ、メールだからこそ必要なことがあるのでしょうか。勉強させていただいております。

クライエント様によっては 内容うんぬんよりもそっちの方が難しいと、、、最近の私の思い(^0^;)

むしろ、私のほうの課題が見えました。

如何に「受け取ってくれるはずだ」という 思い込みを外せるか・・・だけなのなのかな、と。

だから これも私の学びです。ありがとうございます。

「無料メールセッション(鑑定)」というものが良い方法なのか迷いもあります。が、しばらくは続けようと思います。

私もまた、試されております。

・・・逸れました。失礼(汗

 

さて

昔の「占い」と現代の「占い」。

これほど 大衆に 求められたものが違っていると感じます。

「占い」が、占い師の考え方によって幾通りにも解釈されて行われているわけですし

それはある意味当然のことです。

 

現代の私たちにとっての占いには、

「癒し」も 「変容」も 「赦し」も起きるし

同時に「当たる」「当たらない」も起こるということでしょう。

 

同時にパラレルに何でもありの次元重層があって、どこを必要としているか・・・

どこを受け取るか・・・だけなのだなぁと思います。

 

そうなったとき、「占い師」に求められる質で一番重要なことは

最善として出た答えを、最善として受け取っていただけるように 伝える資質を磨くことなのかな と思います。

二点目の「占い師の質」ということで重要な点がここです。

 

占い師は 試されております。

そして、占いそのものが、誰にでも活用でき、

自分の人生の時々に、必要な答えを得る方法として存在していることは、

ある意味、それを活用する方にとっても試されることでもあると考えています。

 

何を試されるか・・・が問題ですが 一言で言えば「依存」です。

そこに「依存」が生まれることに、占い師は一番注意を向ける必要があります。

精神科医と患者の関係

先生と生徒の関係

カウンセラーとクライエントの関係

・・・

普通の人間関係では起こりえないほど 深いレベルでの自己開示が必要でもあり、

その自己開示と状況把握と、目の前の人物の観察を基にしたアセスメント、

その後のアドバイスなり 今後の進め方に対する計画を練る立場の 専門家との間には、

深い信頼関係が築かれなければなりませんが、おうおうにして「依存」も生み出されやすいからです。

 

さらに、プラスして

 ・依存を起こさせない意識

 ・迎合し、甘言のみに堕さない覚悟

 ・どんな意識で伝えているか。ハートに自分を置いているかどうか。

占い師の資質として重要なことは この3点に集約される気がしております。

 

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今「占い」に いい感情を持っていない方にとっては

この3点において信頼できる「占い師」と 出会ってこなかった可能性があるのではないでしょうか。

もしかすれば、弱いところや不安を煽っているように感じたり

いいことだけ、耳触りの良いことだけで 本当に気づかなければいけない部分を レイアウトから通訳して伝えてもらわなかったり

ご託宣のように指示的な伝え方であった、、、などがあったかもしれません。


冒頭にもどりますが、占いに良い感情をいだかない人が多くなった背景に、

「占い師の質」が大きく関係していると思う理由がここにあります。

常に意識を曇らせない必要があると思っています。

 

基本、どの占い師も、人の役立つためにしているはずです。

そして、ご縁の方に 必要があれば巡り合うことになります。

あなたが どんなに過去 占いに良い感情をもっていなかったとしても

常に相手は鏡であれば、同じ質を見てしまっていた可能性もありますから

一旦サラになさって、現代の新たな自己分析として活用できることが一番なのではないでしょうか。

 

占い師も試されています。

そして

受けられる方も「依存」しない心意気と

「依存」的な占い師を作らない心意気が 試されているようにも思います☆

 

この3点を意識するだけで

本当のカードリーディングや占いの活用ができると私は思っております。

それができて初めて、必要な時が来た時、迷いなく受けることができますし、最大限に活用できるということでしょうか。

 

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  「依存」を起こさせない意識

  「迎合」「甘言」ではなくたとえ厳しい言葉でも選んでお伝えする勇気

  「人間に対する信頼」「愛」を通した言葉を発すること。

いかがでしょうか? これが 私の考える「占い師」の質です。

さて、あなたの思う占い師の資質は どんなものでしょうか?

お読みいただきましてありがとうございます☆

 

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